「天災は忘れた頃にやってくる」という警句がある。天災とは大規模な自然災害を指していて、同様の被害は人々が忘れたころに再び起こるので日頃から防災意識を持てよという戒めであろう。しかし近年では天災は忘れた頃どころか毎年のようにやってきては猛威を振るう。地震や台風に加え、猛暑やゲリラ豪雨など各地で甚大な被害が出ているのはご承知のとおりである。昨秋の台風19号の時は、翌朝出勤するとクリニックの看板が吹っ飛んで無くなっているのを見て呆然とした。あちこち探し回り100mも離れた茂みの中で重たいスチール板を発見したときは、暴風の威力に驚愕したものだった。幸い被害は看板の補修だけで済んだが、もしも通行人を直撃していたらと思うと肝を冷やされたのである。

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【台風一過、看板の抜けた枠】

ボクは子供の頃この警句の「天災」を「天才」だとずっと思っていた。天才は忘れた頃にやってくる。今思うと、ゴロが同じなだけで全くイミフなのである。

天才といえば、弊クリニックにはたった一人だけ天才がいる。稀代の天才だ。それは荒木力先生、その人である。荒木先生の名を聞いて、反応しない放射線科医はいないはずだ。先生の数多ある功績はここでは触れぬが、かつて放射線医療のトップに君臨し、医学と工学のリエゾンを牽引されてきた方である。先生は山梨大学の教授を退官された後、某大学の学長を務められ、今は弊クリニックの名誉院長に就かれている。クリニックにいるときの荒木先生は当時の鋭利な雰囲気(ボクの個人的な印象です)は影を潜め、その風貌やお人柄はたいへん穏やかで人懐こいのである。ボクの持ちかける相談に対しても分かりやすく論理立てて説明してくださる、気さくな天才へと変貌したのだった。先生は、お酒が好き、温泉が好き、女性が好き(失礼!)という三拍子そろった天才である。スポーツや車、海外旅行などにも造詣が深く、忘年会や新人歓迎会などの酒席で先生のお話を伺えるのは、ボクの楽しみの一つでもあるのだ。

つい先日、このところクリニックの検査業務が急増していて常勤の放射線科医の読影能が逼迫してきたので、荒木先生へお願いする画像を増やしてみた。ボクたちは事務室のPCで読影管理画面を見ながら進捗を見守っていたのだが、荒木先生が一向に読影を始めないのである。ああ、急に仕事を増やしたのでヘソを曲げてしまったか、ボクたちはヤキモキしながら時間を過ごすことになったのである。ところが何時間が経ったであろう、ボクたちは諦めかけて荒木先生へ依頼した仕事を取り下げようとしたその時、奇跡が起こったのである。突然荒木先生が画像を開き始めて怒涛の読影が始まったのだ。あれよあれよのうちに用意した画像の読影をコンプリート。ボクたちはこの急転直下の展開に、深く留飲を下げたのであった。これが天才の仕事の流儀なのだ。

「天才は忘れた頃にやってくる」その時ボクはこの言葉がちょっと頭に浮かんだのだった。

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【市中の凡才と稀代の天才】