【台風一過、看板の抜けた枠】
ボクは子供の頃この警句の「天災」を「天才」だとずっと思っていた。天才は忘れた頃にやってくる。今思うと、ゴロが同じなだけで全くイミフなのである。
天才といえば、弊クリニックにはたった一人だけ天才がいる。稀代の天才だ。それは荒木力先生、その人である。荒木先生の名を聞いて、反応しない放射線科医はいないはずだ。先生の数多ある功績はここでは触れぬが、かつて放射線医療のトップに君臨し、医学と工学のリエゾンを牽引されてきた方である。先生は山梨大学の教授を退官された後、某大学の学長を務められ、今は弊クリニックの名誉院長に就かれている。クリニックにいるときの荒木先生は当時の鋭利な雰囲気(ボクの個人的な印象です)は影を潜め、その風貌やお人柄はたいへん穏やかで人懐こいのである。ボクの持ちかける相談に対しても分かりやすく論理立てて説明してくださる、気さくな天才へと変貌したのだった。先生は、お酒が好き、温泉が好き、女性が好き(失礼!)という三拍子そろった天才である。スポーツや車、海外旅行などにも造詣が深く、忘年会や新人歓迎会などの酒席で先生のお話を伺えるのは、ボクの楽しみの一つでもあるのだ。
つい先日、このところクリニックの検査業務が急増していて常勤の放射線科医の読影能が逼迫してきたので、荒木先生へお願いする画像を増やしてみた。ボクたちは事務室のPCで読影管理画面を見ながら進捗を見守っていたのだが、荒木先生が一向に読影を始めないのである。ああ、急に仕事を増やしたのでヘソを曲げてしまったか、ボクたちはヤキモキしながら時間を過ごすことになったのである。ところが何時間が経ったであろう、ボクたちは諦めかけて荒木先生へ依頼した仕事を取り下げようとしたその時、奇跡が起こったのである。突然荒木先生が画像を開き始めて怒涛の読影が始まったのだ。あれよあれよのうちに用意した画像の読影をコンプリート。ボクたちはこの急転直下の展開に、深く留飲を下げたのであった。これが天才の仕事の流儀なのだ。
「天才は忘れた頃にやってくる」その時ボクはこの言葉がちょっと頭に浮かんだのだった。
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